ご挨拶

最終更新日:2026.02.24

「尾張の山車まつり」にお越しいただきありがとうございます。 平成10年の元旦に「知多の山車祭り写真館」として開設以来、 おかげさまで多くの山車祭り愛好者からの御支援で何とか挫折もせず続けております。

祭りが好き.山車が好き.赤い幕が好き. お囃子が好き.露店から漂う香ばしい匂いが好き。
ポリシーも計画性もなくて、最初は好きな写真を撮って見せるだけの ホームページのつもりが、いつの間にかこんな事に。......

かくなるうえは、一人でも多くの人が尾張の山車の素晴らしさ・祭りの楽しさに 魅了されんことを願うのみ。

尾張の山車まつりの略歴
平成10年(1998)元旦
「知多の山車祭り写真館」を横須賀まつり、亀崎潮干祭、はんだ山車まつりの3コーナーでスタート
平成10年(1998)7月
名古屋の山車を中心とした「尾張の山車まつり写真館」を併設
平成11年(1999)元旦
ホームページタイトルを「尾張の山車まつり」に変更
知多の山車・尾張の山車を含めた尾張地方(愛知県西部)の山車を総合的に紹介するための改称
平成12年(2000)1月
碧南・三好など西三河の山車の紹介も増えてきたため「三河の山車祭り写真館」を追加
平成12年(2000)4月
三重・岐阜・静岡県の祭りの「東海の山車館」追加
平成23年(2012)1月
URLをhttp://www.owarino.jpからhttps://dashi-matsuri.comに変更
以後「尾張の山車まつり」の名称とURLは現在まで代わらない
各種SNS開設
YouTube「尾張の山車まつり」、Facebookページ「尾張の山車まつり」、Instagram「尾張の山車まつり」
名前
nova(もちろん本名ではないが、昔からそう呼ばれてます。novaちゃん・novaさん・nova)
最初は大文字で’NOVA’だったのだが、某英会話スクールと同名なので「NOVAにお勤めですか?」と聞かれたりするので改名
【序章:偶然から始まった才能の開花?(過去の想い出は美化されるのだ)】

高校1年の時、友人に誘われるがまま足を踏み入れたのは、思いがけず写真部だった。
それまで写真には全く興味などなく、カメラも触ったことがないのに写真部とは。
しかし、そこで思いも寄らぬ才能が目覚めて?しまう。この目で見たモノを頭の中で変換し、思い描いた通りに印画紙に再現する難しさと楽しみを知った。
時を同じくして校内でフォークバンドを結成。動機こそ不純だったが、写真と同じくらいのめり込む毎日だった。
時が経ち、社会に出てもその情熱は衰えず、勤務先でロックバンドを結成。Stones、Beatles、CCRに心酔する日々を過ごした。仕事では製薬会社に籍を置いたが、本社電算室への異動を命ぜられそうになり「出奔」。コンピュータは趣味に留めておきたかったのだ。

【中章:遍歴する趣味の数々】

「良い音楽は良い音で聴くべき」と、オーディオにも凝ったが、音源がレコードからCD、そしてデジタルへと移り変わるにつれ、急速に熱が冷めていく。
代わって興味を惹かれたのは、旅先で出会う頑固でいかめしい古い電車たちだった。去りゆくオールドタイマー(主に旧型国電)を訪ね歩き、鉄道模型にも凝ったが、それらも今では押し入れの奥深くで眠っている。
旅の相棒はいつしか鉄道から車へと変わったが、電車とは対照的に車に関しては常に最新型に目が向く「新しもの好き」な性格が顔を出す。その愚かさに気づいたのは、ごく最近のことだ。
ゲームの世界では『ドラゴンクエスト』で悪を滅ぼし、『信長の野望』で幾度も日の本を統一した。その勢いで実際の城巡りにも繰り出したものの、数年で飽きが来てしまう。
付き合いで始めたゴルフでは、初ラウンドでホールインワンという「呪縛」のようなビギナーズラックに見舞われ、金と暇を浪費した末にようやく「私はむいていない」と夢から醒めた。

【終章:デジタルとの邂逅】

パソコンとの付き合いは、まだ「マイコン」と呼ばれていたPC8001からだ。独学でBASICやCOBOLをマスターした。この知識があったからかホームページ言語などまったく拒否感はなかった。

そんな折、ようやく「山車祭り」への情熱が目覚める。いや、随分目覚めるのが遅かったのか。
知多郡横須賀町で育ち、子どもの頃から横須賀の祭りは楽しみであったが、山車組町内ではなかったので直接祭りに関わった経験はない。(これは祭りを客観的に見るという現在の姿勢に繋がっているのかもしれない)

【終章:そして尾張の山車まつりへ】

転機はインターネットとの出会い。たまたまワープロソフトにオマケで付いてきたホームページ作成ソフトを試すと、仮想空間での自己表現に「面白いではないか!」と直感した。
子育ても落ち着き、ゴルフにも飽きて、何かを始めたかった時期だった。
題材は何でも良かったのだが、ふと手持ちの横須賀や半田の山車写真を公開してみた。当時は山車祭りを扱ったホームページは数える程の時代だったから、予想外の反響を呼んだ。
だが まだSNSもなく、山車祭り情報がほとんどない時代だから週末ごとに祭りを訪ね、聞き込みや図書館での文献調査に明け暮れる日々が始まった。
すべてが我流ゆえの拙さはあったが、その過程で出会った人々は、今でも私のかけがえのない財産となっている。
今やSNSのお陰で情報発信も手軽になり、山車祭り情報は巷に溢れている。まさに隔世の感がある。
「尾張の山車まつり」もとっくにその役目を終えていると思うのだが、もう少しだけお付き合い下されば幸いです。